第7回アドルフ・サックス国際コンクール 優勝までの道のりとこれから 齊藤健太 × 池上先生 優勝インタビュー

洗足学園音楽大学の卒業生である齊藤健太さんが『第7回アドルフ・サックス国際コンクール』で見事に優勝を果たしたことは国内外で大きな話題になりました。今回は恩師である池上政人先生を交えて、学生時代の姿勢やコンクールに向けての練習や心構えを岩本伸一先生の司会進行で伺いました。
さらに2020年4月から洗足学園音楽大学の講師として後進の指導に力を入れており、受験生の皆さんへのアドバイスも見逃せません。

岩本先生:本日は本学卒業生で『第7回アドルフ・サックス国際コンクール』で優勝された齊藤健太さんをお招きしました。これは建学以来の管楽器コースの快挙と言っても過言ではありません。では、学生時代の恩師で本学サクソフォーンの教授、池上先生と、私、サクソフォーン教員の岩本で進めさせていただきたいと思います。さっそくですが、池上先生に齊藤さんの学生時代を振り返っていただけますか。

池上先生:出会いは齊藤健太君が高校3年生の時。高校3年生の男の子で音大を目指しているとすれば覚悟が出来上がってるのかな?という感じでお互い探ってたと思うけど、その頃の健太はもう気合十分で、先生に向かってくるという感じだったよね。

齊藤さん:そう言われるとちょっと恥ずかしいですが、実は緊張しました。もちろん池上先生のことはずっと存じ上げていたんです。僕の母校が大学の付属の学校で、その大学の吹奏楽部のコーチを池上先生がなさっていて、定期演奏会の客席に池上先生が座ってらっしゃって。「僕はこれからこの先生につくのか…怖いな〜。」と思っていました。(笑)

岩本先生:洗足を受験されたのは、やはり池上先生の指導を受けたかったからですか?

齊藤さん:そうですね。

岩本先生:大学での齊藤さんはいかがでしたか。

池上先生:これまでも多くの学生を見てきて大きく2つに分かれるんですね。本当に言う通りにやろうとする子と、言う通りにやらない子。言う通りにやるって言うと上から押し付けるように聞こえるかもしれないけれど、芸事っていうのはやっぱり人の意見を受け入れる人の方が伸びるって言うのは今までの経験としてあって。
健太は最初は気合で向かってきたけど、だんだん人の話を聞くようなレッスンになってきた。人の話を聞いて言う通りにやるようになったのが、健太のサクソフォーンが伸びるきっかけになったんじゃないかなと思います。

岩本先生:実際にレッスンはどうでしたか。

齊藤さん:一番最初のレッスンは緊張して。初めて僕のサクソフォーンの音を聴いてもらう機会だったので、とにかく僕を知ってもらわないといけないと思ってレッスンに行きました。それからずっとレッスンを受けさせてもらっているときにも池上先生は色々なアプローチや色々な例えを示してくださって、すごく分かりやすかったという記憶があります。

岩本先生:学生時代の色々な思い出があると思うのですが、前田ホールという素晴らしいホールでの演奏会も多かったと思います。何か思い出に残っている本番の演奏はありますか。

齊藤さん:どの演奏会もすごく記憶に残る場面というのはあったんですが、やっぱり嬉しい記憶よりも悔しい記憶の方が残るんですね。その悔しい記憶の1つが吹奏楽のブルー・タイ ウインド・アンサンブルでシカゴのミッドウェスト・クリニックに参加した時のことです。

池上先生:覚えてる、覚えてる。

齊藤さん:長生淳さんの「パガニーニ・ロスト」という曲の吹奏楽版を演奏したんですが、緊張して吹く場所がずれてしまって。

池上先生:練習では一回も間違ったがことないのに、アメリカの本番では間違えた。これが本番だよね。

「洗足の同じ歳の上手い子達には負けられない思いでした」

岩本先生:池上先生は今、洗足の看板の洗足ウインド・シンフォニーを担当されております。洗足は吹奏楽以外の合奏系にも力を入れており、私はサクソフォーンのオーケストラを担当しております。そのサクソフォーンオーケストラで、齊藤さんが4年生の時に、アドルフ・サックス(サクソフォーンの生みの親)生誕200年だったので、記念してCDを作りました。学生時代から彼の演奏が素晴らしくてソリストに抜擢されたんです。

齊藤さん:今岩本先生が仰った『アドルフ・サックス200』のCD。これがライブレコーディングだったんですけど、この時にアンドレ・ウェニャンのラプソディーをサクソフォーンオーケストラの仲間と一緒に演奏出来たというのは、嬉しい記憶というか思い出ですね。

岩本先生:池上先生は齊藤さんの学生時代を振り返って何か印象に残っていることはありますか。

池上先生:やっぱり負けず嫌いだったと思うね。何かがあると悔しがって。でも負けず嫌いって全然悪いことじゃない。例えばちょっと話が飛ぶけれど、コンクール歴を見ると国内コンクールで2回、3位になってるのね。(第31回・第34回日本管打楽器コンクールサクソフォーン部門)それで2年前はスロベニアのコンクールで2等賞になっている。このコンクールで3等や2等になるのはちょっとやそっとではなれない。そしてこの経歴だけで十分このサクソフォーンの世の中を渡っていける看板を背負えるんだけど、それでまた去年アドルフ・サックスを受けたでしょ。これは諦めが悪い。普通、諦めてもおかしくない。その諦めの悪さに僕は逆に頭が下がる。「うちの弟子ってすごいな。なんだこの最後まで諦めないやつは」と。これから僕が洗足の若い子を教えていくスピリッツにそれを加えて行きたいなと思った瞬間だね。

岩本先生:今コンクールのことをお話しいただきましたが、洗足を卒業して藝大に進学しましたが、その辺りの経緯を聞かせていただけますか。

齊藤さん:洗足を卒業したのが2015年の春。その後東京藝術大学の別科という2年間レッスンが受けられるというコースに入学して更に勉強しましたが、4年間洗足で頑張ってきたので、その2年間がちょっとクールダウンのような感じになってしまったところがあって、最初の1年間はかなりくすぶっていましたね。練習をしようにもどうしたらいいんだろう?みたいなところがあって。2年目でやっと僕がやっている五重奏団を結成したり、初めて海外のコンクール(スロベニア)を受けたり。あとワールド・サクソフォン・コングレスに参加したりだとか、その年はすごいイベントがあったのでやっと1年の冷却期間を経てまた頑張ろうって思えていましたね。

岩本先生:振り返った時に切磋琢磨した仲間やライバルの存在は?

齊藤さん:池上先生に師事し始めた高校3年生の時に、日本サクソフォーン協会のジュニアコンクールに挑戦したのですが、実はその前の高校2年生の時にも挑戦していて、その時の第1位が今を時めく上野耕平君だったわけなんです。1位が上野君で僕が入選で。その時から同い年の彼に勝つ勢いでやっていかないと絶対に途中で続かなくなると思って、それから彼をずっとライバルと思って見てきました。洗足学園の同級生達も上手な子が何人もいて、僕は洗足に入るときに常に1番でないといけないと思って入学したので、彼らに負けないためにはどういう練習をしたら良いかとずっと考えていました。

「いきなりアドルフ・サックス(国際コンクール)を受けたわけじゃなく、外の世界を経験していたのは大事」

岩本先生:先ほど池上先生も仰いましたが、数々のコンクールを受けられた時の話を聞かせてください。

齊藤さん:はい、もちろん毎回のコンクールで1位を取りたいと思って練習を積んできましたが、今まで何回もコンクールを受けてきてアドルフ・サックス(国際コンクール)以外は全部誰かもう1人2人上にいる結果だったのでずっと悔しかったですね。こんなに練習しているのになんで負けるのだろうという葛藤はずっとありました。

岩本先生:その頃やっぱり先生にも相談をされたんですか。

齊藤さん:「コンクール受けます」と言う度に、「健太、1位を取るつもりでやらないと意味ないぞ」とずっと背中を押して頂いていました。

池上先生:何回かチャレンジしたっていうのが大きいよね。外を見たっていうのが。世界を見て己が知れたというか。人間誰でも自分で「ちっちゃいなー」と実感するという経験は若い時にしておいた方がいい。だから、いきなりアドルフ・サックスを受けたわけじゃないんだ。いっぱい外を見た。それはデカいと思う。

岩本先生:ではいよいよ去年の『第7回アドルフ・サックス国際コンクール』のお話を伺うのですが、このコンクールはサクソフォーンの世界で1番権威がありますよね。

池上先生:そう、1番権威があって、1番過酷。

岩本先生:その1次試験、予選のことから話を聞かせてください。

齊藤さん:実はあのコンクールは前々回の第6回からDVDでの予備審査が設定されたんです。各自でそれぞれが映像を撮って、もちろん編集はしたらダメ。生の音、生の映像でカメラも切替なしで一発勝負みたいな撮影をして。実は1回目に設定していた日が朝で調子が上がらなくてあまり良くなくて、「もう1日だけ撮らせてくれ」と頼んで2日目の夜に撮ったものが、「これなら通るでしょう」と思える演奏だったので、そこは1日目がポシャって良かったかなと思いました。そして現地での1次審査での課題曲、これがすごく難しい曲だったんです。

岩本先生:なんという曲ですか。

齊藤さん:今ヴェルサイユ音楽院で教鞭をとられているヴァンソン・ダヴィッドさんの「Nuée Ardente」という曲で日本語にすると「火砕流」というタイトルなんですけど、それがもうとにかく休みがない、とにかく吹き続ける、指が大変、タンギングも大変というとんでもない曲で、それを練習している時はもう常に「本当にこの曲を本番で通せるのかな?」という不安と戦っていましたね。

「 コンクールでは全く知らない新曲が課題曲の1曲に。 自分でどう音楽を作っていくか悩みました 」

岩本先生:(予選通過後)実際にベルギーに行かれてどうでしたか。

齊藤さん:とにかく素敵な街で色々な歴史もあるようで、合間の時間にちょっと観光もしましたが、行って良かったなと思いました。コンクールの結果が出たというのも1つありますが、観光もできて色々な人と知り合えたのはよかったなと思えることでした。

岩本先生:私も10年前に訪れたんですが、なんと本選はホールじゃなくて教会なんですね。実際に演奏してみてどうでしたか?

齊藤さん:すごく天井の高いよく響く教会で、前々日にリハーサルがあったのですが、その時から残響がすごく長いし、吹いていてとても気持ちが良かったです。

岩本先生:僕も実はリアルタイムで見ていて。ちょうど齊藤さんの登場のところから観ていました。1曲目はすごく難しい曲でしたね。どうでしたかあの現代曲は。

齊藤さん:クロード・ルドゥさんの「ノエマ」という新曲ですが、難しかったです。

岩本先生:そうですね。全部の現代奏法が集まっている。

齊藤さん:ディナンのコンクールは毎回新曲が委嘱されて、その曲が本選の1曲目になるんですけど、もちろん参考音源もなければやっている人も誰もいないので、どうやって音楽を作っていくか?というところですごく悩みました。

岩本先生:全ての能力がないと音楽が作れないわけですね。本当に素晴らしい。2曲目はサクソフォーンの名曲、クラズノフ。弦楽と一緒に演奏してみてどうでしたか。

齊藤さん:ずっとオーケストラとやりたいと思っていた曲だったので、世界一の舞台で演奏できたことがすごく幸せでした。

岩本先生:それでいよいよ表彰です。外国の人が先に呼ばれていて、もしかしたら齊藤さんは3本の指に入るか?と思ったところ、小澤瑠衣さん(洗足学園音楽大学 卒業生)が先に2番目で呼ばれて。最後に「ケンタ・サイトウ」と呼ばれた瞬間はどうでしたか。

齊藤さん:感無量でした。内心、呼ばれるな、呼ばれるな、と思っていたんですが、瑠衣さんが呼ばれて、最後1人になった時に。

岩本先生:「以上です」って言われないよね。

3人:(笑)

岩本先生:あれは涙が出ましたよ。池上先生はその時どうしてらしたんですか?

池上先生:寝てた(笑)。「健太、1等だったらいいなあ」って思ったけど、(日本時間で)朝の5時半だからね(笑)。頑張って起きようと思っていたんだけど、本当のことを言うと寝てた。聞きたかったけどね。

岩本先生:表彰式で渡された豪華な楽器はプレゼントですか。

齊藤さん:はい。ファイナリストそれぞれにアルトサクソフォーンがプレゼントされました。

岩本先生:レセプションには VIP の方はいらっしゃったのですか。

齊藤さん:審査員の方や、ディナンの市長さんもいらっしゃいました。また今回副賞で、ウクライナで開かれるVinnytsia Adolphe Sax Festival(ヴィーンヌッツァ・アドルフ・サックス・フェスティバル)において、マスタークラスとコンサートを行う権利を頂いたのですが、そこに推薦してくださった方もいらっしゃいました。

「色々なことが自由にできる学校なので、目指すこと、好きなことをハングリーにやってもらえたら」

岩本先生:既に演奏家として歩み始めている齊藤さんですが、どのような音楽家になりたいか、抱負を聞かせてもらえますか。

齊藤さん:今年いっぱい、たくさんの場所でリサイタルやコンサートをやらせていただくので、それぞれの地域で来てくださる方達に感動を与えられるような演奏をしたいというのが近い目標です。そしてこれを見てくださっている方々も分かっているようなことだとは思うのですが、クラシックを聴かれる人口がそんなに多くない。さらに言えばサクソフォーンのクラシックを聴かれる方、サクソフォーンのクラシックを知っている方がそんなに多くないという現状をどうにか変えていけるような活動をしていきたいと思っています。

岩本先生:そして、この春から洗足学園の先生に就かれることになりました。池上先生からも一言、教育現場のことも含めてお願いします。

池上先生:先生の夢というのは自分より良い学生を世に送り出すということ。自分より落ちるものを世の中に出しても世の中のためにならない。自分より上を出そう、超える学生を出そうと。ただ、その先生本人が劣化していたら、劣化した上で「俺を超えたな」と言っても学生本人も嬉しくないので、先生は超えられないように頑張る。ここがとても大学の素敵なところだと思う。先生は学生に負けないようにやる。その先生を越えようとする学生、というのが良いかなと思う。

岩本先生:本当にサクソフォーンが人気で1学年平均30人。4学年ですので100名を超える学生がいますが、今のサクソフォーン科の現状はどうでしょうか。

池上先生:サクソフォーンをやる学生だけじゃなくて洗足の学生全てに言えることかもしれないけど、ものすごく真面目で良い子が多いと思う。良い子が多いんだけど、もう1つ必要なのは齊藤健太がそうだったように先生に向かっていく気持ちとか負けず嫌いとか、少し横道に逸れてあえて先生の言うこと聞かないでやってみるとか。今の学生に何も文句はないけどちょっと良い子すぎるかな。先生に向かってくるような学生がまた出てくること、僕らもそういう学生が居心地が悪くならないような学校を目指していきたいし、そこに今度齊藤健太も先生として加わるからね。洗足はこれからもっともっと学生のための学校になっていくんじゃないかなと思います。

岩本先生:では最後にサクソフォーン奏者を志す若者に向けて、齊藤さんからメッセージをお願いします。

齊藤さん:僕も洗足で4年間勉強してきたので思うんですが、本当に色々なことが自由にできる学校なんです。友達を集めてオーケストラを編成して協奏曲をやってみたり、サクソフォーンカルテットを組んで演奏したり、サクソフォーン以外にも色々な楽器の上手な子達が何人もいるので、幅広い経験ができる場所です。是非色々好きなことを目指すこと、勉強したいことをハングリーにやってもらえたら嬉しいと思っています。

インタビュー日 2020年 1月 29日

齊藤健太

第7回アドルフ・サックス国際コンクール(ベルギー/ディナン)第1位、及び新曲賞を受賞。2002年の故・原博巳氏以来、17年ぶり・日本人2人目となる快挙を成し遂げる。
2014年、洗足学園音楽大学を優秀賞を得て卒業。2017年、東京藝術大学別科卒業。
第31回及び第34回日本管打楽器コンクールサクソフォーン部門第3位。
第27回大仙市大曲新人音楽祭コンクール管楽器部門最優秀賞、並びに審査員推薦を受ける。
第9回国際サクソフォーンコンクール(スロベニア/ノヴァゴリツァ)第2位。
これまでにサクソフォーンを金井宏光、二宮和弘、須川展也、池上政人、林田祐和の各氏に、室内楽を池上政人、有村純親の各氏に、ジャズサクソフォーンを佐藤達哉、MALTAの各氏に師事。Saxophone Quintet "FIVE by FIVE"では「KENTA」として活動。「ブリッツ フィルハーモニック ウインズ」 コンサートマスター。洗足学園音楽大学講師。

池上政人

1975年東京芸術大学音楽学部入学。’82年同校を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科を修了。在学中よりキャトゥルロゾー・サクソフォーン・アンサンブルに参加、演奏活動を開始する。
‘77年、’80年民音コンクール室内楽部門において、2位に入賞(’77年は最高位)。’80年日演連推薦新人演奏会においてJ.イベールの「室内小協奏曲」を東京フィルハーモニー交響楽団と協演する。‘84年第1回日本管打楽器コンクール3位入賞。’87年東京、大阪にてデビューリサイタルを開催し、好評を博す。
オーケストラのソロサクソフォニストとしても活躍し、NHK交響楽団をはじめ、国内主要オーケストラは勿論、これまでにスイスロマンド管弦楽団、フランス国立リヨン管弦楽団の日本公演にも参加している。キャトゥルロゾーのメンバーとして、これまでにシカゴ、サウスベンド(米)、ニュルンベルグ、ケルン、ペザロ(伊)、香港、ソウルなど世界各地での音楽祭、コングレスにおいてリサイタルを開催し、好評を博す。
またキャトゥルロゾーとして、これまでに7枚のCDをリリースしている。日本サクソフォーン協会副会長。