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ピアノコース
Saori(SEKAI NO OWARI)   2010年ピアノコース卒業
Saori(SEKAI NO OWARI)

Profile
2010年、突如音楽シーンに現れた4人組バンド「SEKAI NO OWARI」。
同年4月1stアルバム「EARTH」をリリース後、2011年8月にTOY’S FACTORYよりメジャーデビュー。
メジャーデビューから約3ヶ月後に行われた、自身初の日本武道館でのワンマン公演、続いて行われた全国ツアーも全てチケットはSOLD OUTするなど、全国的にも高い注目を集めている。
メジャーデビュー後初となる、自身としては2年3ヶ月振りのアルバム「ENTERTAINMENT」を2012年7月18日にリリース。
2013年には東京2デイズを含むアリーナツアー、また、LADY GAGAやMADONNAのライブプロモーターとして知られる Live Nation と提携し、海外展開をスタート。
5月1日には、「映画クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!」主題歌「RPG」をリリース。
新世代のアーティストとして、音楽シーンを席巻している新しい才能である。

Q.現在の仕事(活動)について教えて下さい。
SEKAI NO OWARIというバンドでピアノを弾いています。

Q.現在の仕事を目指すきっかけは?
SEKAI NO OWARIというバンドの始まりは少し希有ですが、「ライブハウスを作る」というところからスタートしました。
大学1年生の時に幼馴染みの仲間たちに誘われて、私もこのライブハウス作りに熱中し、木を切り鉄を組み立てながら、そのライブハウスで仲間たちと音楽を鳴らすようになり、バンドを結成することになりました。

Q.洗足学園音楽大学で学んだこと、印象に残っている先生の言葉は?
大学二年生、ピアノコンチェルトのオーディションを受けたのは、ちょうどライブハウスの壁のペンキを塗っている頃でした。
ペンキまみれの姿でレッスンに登場する私に対して、北島先生は笑いながら「お前なら出来るよ!」と言って下さったのをとてもよく覚えています。
一方的に指示するのではなく、「僕ならそこはこう弾く。君はどういう解釈をしましたか」というような先生のレッスンだったので、いつも電車の中で楽譜を広げて、細かいスラーやフレーズにチェックをつけながら「今回の解釈は自信あるぜ!」と息巻いてレッスン室のドアをノックしていました。
時間のない中で二度のピアノコンチェルトのオーディションに合格出来たのは、例えるなら「魚を釣ってくれた」のではなく、「魚の釣り方」を教えてくれた師のお陰でした。

Q.当時はどんな学生でしたか?
朝から夕方まで授業に出て、夕方から23時までアルバイトをし、そのあとにバンド活動をしていた為、ほとんど眠らない学生生活でした。
練習する時間がないので、授業を少しずつさぼって(!)練習していました。
数十分もあるコンチェルトを暗譜しなければならない時は、時間があれば楽譜を眺めて、目で覚えるようにしていました。
本当に目まぐるしいほど忙しい学生生活でした。

Q.卒業後、学生時代に学んだことが活かされていると実感したことはありますか?
人生で最も色んなことにトライをした時期だったのですが、「出来ない」というのは、本当に出来ない訳ではなくて、「やりたくない」だけなんだ。ということを、私は学生時代に学びました。
言い訳出来ないこの言葉に未だに心のドアをノックされながら、頑張っています。

Q.現在の仕事は、どんなところにやりがいを感じますか。
無から有を生み出す仕事です。
苦しさ9割、楽しさ1割くらいなんじゃないかと思うのですが、どうしてもやめられません。不思議な仕事です。

Q.今後の抱負を教えて下さい。
苦しさ8割、楽しさ2割くらいのバランスで出来たらもっと素晴らしいものが作れるのではないかと思っています。

Q.洗足学園音楽大学への進学を目指す後輩へメッセージをお願いします。
教育実習に出た時、生徒が班ごとに運動会に向けてスローガンを書いていて、二つの班は「適当にやろう」「まあ、それなりに」と書いてありました。
一生懸命になることが、格好悪い、無様なことだと思う風潮が私たちの時代には少し、あるのかもしれません。ドライにキめた方が「クール」だと。

でもそんなものはクソくらえです。
一生懸命やること。どんなことでも良いと思います。
全力で生きること。余力が無くなるまで頑張ってみること。

想像すると、胸が熱くなりませんか。
私はそれは、人間の何より格好良い姿だと思います。



佐田 詠夢   2010年ピアノコース卒業
佐田 詠夢
 ピアノを始めたきっかけは、私の故郷である長野県諏訪市の唯一の音楽院である「諏訪音楽学院」に、洗足学園音楽大学の客員教授でいらっしゃる松﨑伶子先生が教えに来て下さっていた事です。6歳という、ピアノの存在を自分で自覚するより前に先生と出会い、ピアノよりも先生の奏でる音とそのお人柄が先に大好きになり、一切何も迷う事なく高校から松﨑先生のいらっしゃる洗足学園へ進学する事を決めました。大好きで偉大な音楽家でいらっしゃる先生の近くで共に長い時間勉強させて頂けた事は、私の音楽人生にとってかけがえのないものでした。音楽と共に生きていく私が一番に大事にしたい事は、感謝です。
 音楽は、平和であるからこそできるもの、つまり平和の象徴であると感じます。今でも戦時下にあって音楽ができない音楽家が世界中どれだけいるのでしょうか。音楽さえ聴くことがままならない国もあるかもしれません。こうして自由に音楽が出来ることがどれだけ幸せかと考えます。国によって貧富の問題や生活レベルの問題もあるはずですが、決して音楽のない国はない、と思います。苦しみの中で音楽は生まれ、歌われ広がってゆきます。心の叫びが音楽だからです。だからこそ自由に音楽と向かい合える幸福を大切にしたいと思っています。音楽を与え、続けさせてくれた両親、ご指導くださった先生、スタッフの皆様、演奏会を聴きに来て下さるお客様。演奏をする時、そんな沢山の方々へ感謝の気持ちを常に持って音楽と生きていけたら、とても素敵な事だと思います。
大丸 智史   2012年ピアノコース卒業
プロフィール
富山県黒部市出身。
ピアノを小学1年生より太田顕子先生、高校3年より加藤徹教授に師事。
大学入学後、作編曲にも興味を持ち、コンピューターを用いて既存曲のアレンジやオリジナル曲の作成を行うようになり、大学4年次にて作曲を三上直子先生に師事する。
絵本の読み聞かせと音楽のコラボレーションを研究する「たんぽぽの会」のメンバーであり、教職科目を通じて知り合った安藤友子先生および谷川マユコ先生のもと、朗読と楽曲提供を行っている。
2012年4月より、洗足学園音楽大学大学院の音楽・音響デザインコースに進学予定。
趣味は楽器ショーめぐりと料理、好きなアーティストは倉橋ヨエコ氏。
※プロフィールはメッセージ掲載時のものです。